あれこれ手帖

日々のあれこれ、気になるお役立ち情報をお届けします!

七夕

七夕の由来にまつわる3つの伝説!織姫彦星と乞巧奠と棚機って?

投稿日:2017年5月11日 更新日:

7月7日は七夕ですね。

七夕は、桃の節句や端午の節句と同じ五節句の一つで
日本に古くから伝わる行事です。

七夕が近づけば短冊に願い事を書いて笹に飾ってきましたよね。
子供の頃から慣れ親しんでいる風習ですが
由来や伝説となると知らない方も多いのではないでしょうか?

そこで七夕の由来や伝説を調べてみました。

七夕の由来や伝説は?

七夕の由来は、中国から伝わってきた風習と
日本古来の風習が混ざりあい、時代とともに変化をしながら
現代まで受け継がれてきました。

そんな七夕の由来は3つの説があります。

① 織姫と彦星の伝説

七夕といえば、おりひめとひこぼしの伝説が有名ですね。
これは牛郎織女(ぎゅろうしゅくじょ)という中国の神話からきています。

物語のあらすじ

昔々、天の川の東に織姫という機織りがとても上手な娘がいました。
織姫は天の神様の娘で、それはそれは美しいはたを織っていました。

織姫は年頃になっても、お化粧もせず、身なりも気にせず
毎日毎日機織りに精を出していました。
そんな娘を不憫に思った神様は、天の川の西に住む牽牛という
真面目に働く牛飼いの青年と引き合わせ、結婚することなりました。

そんな2人はとても仲良く暮らしていましたが、
あんなに働き者だった2人が遊んでばかりいて、働かなくなってしまいました。

織姫の機織りの機械にはほこりがかぶり、
彦星の飼っていた牛たちは餌がもらえず、だんだん痩せていきました。
天の神様が注意をしても返事をするだけで、全く言う事を聞きません。

とうとう怒った天の神様は、織姫を西に、彦星は東へと
天の川の両岸に2人を引き離してしまいました。

引き離された2人は悲しみのあまり、毎日泣いてばかりで
働こうともしないため、天の服は不足し、牛たちは病気になり
ますますひどくなってしまいました。

これに困った天の神様は、以前のように真面目に働くなら
1年に1度だけ逢ってもいいとお許しを出しました。

それが、7月7日の夜でした。

2人は年に一度、会うことのできる日を楽しみにして、
心を入れかえ真面目に働くようになりました。

7月7日の夜、織姫は天の川を渡って彦星に会いに行きます。
ただ、その日に雨が降ると天の川の水かさが増し、
織姫は川を渡ることが出来ません。
すると、どこからともなくカササギの群れが現れて
翼を連ねて橋となり、2人を逢わせてくれるのでした。

この神話は、旧暦の7月7日に織女星(織姫)と牽牛星(彦星)が
天の川をはさんで一年でもっとも輝きを見せることから、
古代中国では年に一度めぐり逢う日として考えられ、
その後日本に伝わってきました。

織女、牽牛は中国での呼び方で、日本では織姫、彦星と呼ばれています。

琴座のベガと呼ばれる織女星(織姫)は裁縫の仕事の星、
鷲座のアルタイルと呼ばれる牽牛星(彦星)は
農業の仕事の象徴の星として考えられていたことから
この物語が生まれたようですね。

日本だと、織姫と彦星が恋人同士だと思っている人が
多いのではないでしょうか?
物語では2人は結婚していたんですね。

しかも、七夕に雨が降ると織姫と彦星が逢えなくなると言われてますが、
カササギが飛んで来てくれるので雨でもちゃんと逢えてたんですね。

② 中国の行事「乞巧奠(きこうでん・きっこうでん)」

古代中国の宮廷では「乞巧奠」という行事がありました。
前述の織女星(織姫)にあやかって、機織りやお裁縫などが上達するようにと
7月7日の夕方になると、五色の糸を七本の針に通しました。
庭に祭壇を用意し、お供え物を並べて星に祈りを捧げました。
"巧くなることを乞う祭"という意味です。

乞巧奠は奈良時代に日本に伝わり、
平安時代には宮中行事として行なわれていました。
庭に豪華なお供え物や灯明、香炉、筝などを飾り、
楸(ひさぎ)の葉に五色の糸を通した針を刺したものを置き
梶の葉に和歌をしたためました。
針と糸を置くのは裁縫の上達を、筝を置くのは技芸の上達を願ってのことで
この頃になると本来のお裁縫だけではなく、
芸事の上達も願うようになってきました。

江戸時代には庶民にも広まり、笹竹に五色の短冊を付け
五色の糸やお供え物を飾りました。
短冊には詩歌や手習い事の上達の願いを書いていたようです。

この乞巧奠が現代の短冊に願い事を書いて笹につるす
という風習に繋がっているんですね。

③ 日本の神事「棚機(たなばた)」

古来日本では、盆に入る前に「棚機」といわれる神事が行なわれていました。

神様が訪れる7月6日の夜に、選ばれた乙女が
水辺の機屋(はたや)にこもって神様のために機を織り捧げることで
秋の豊穣や人々の穢れを払えると信じられていました。

その時使用する機織り機を棚機(たなばた)といい
選ばれた乙女のこを「棚機津女(たなばたつめ)」と呼びました。

後に仏教が伝わると、棚機はお盆の入りにあたる
旧暦7月7日の夕方に行われるようになりました。

この行事が7月7日の夕方に行なわれることから
棚機を七夕「たなばた」と当て字で読むようになりました。

七夕が「たなばた」と呼ばれるようになったのは
棚機が由来になっていたんですね。

まとめ

七夕の由来は
「織姫と彦星の伝説」「中国の乞巧奠(きこうでん)」「棚機(たなばた)」
の3つの行事が混ざりあい、時代とともに変化しながら
現代の七夕祭りへと受け継がれてきたものでした。
初めて知る由来もあったのではないでしょうか。

七夕に込められた意味や想いを知ると、今までよりさらに楽しめますね。
今年の七夕は織姫と彦星、天の川が見えますように。。。

-七夕

Copyright© あれこれ手帖 , 2020 All Rights Reserved.